apapaの日記

apapa奮闘記

日曜日

今日は日曜日。

本当なら、礼拝にいくべき日。

でも、私は行けない。

 

12月にクリスマスパーティーを予定していて、動員が望まれている。

でも、土日は行けないのである。

 

今日、祈っていて、お爺さんおばあさんを私は愛せません、どうしたらいいのでしょうか、と聞くと、すぐに答えは返ってきた。

 

親の気持ちになりなさい、と。

 

最近は、どうしてこうも答えが返ってくるのが早いのだろう、と思う。

 

 

午後、雨が止んだので、車いすを借りてきて、夫と散歩に出た。

その時、夫は言っていた。

よく、じいさんが先天性の不自由が後天性の不自由よりもつらいようなことを言うが、いつもそれに腹が立つと。

もともと見えていた目が見えなくなったほうが、最初から見えないよりもつらい思いをするんだ、と。

 

じいさんは体が悪い人の気持ちがわからないのだ。

だから、私はいつもじいさんがしゃべっていることに、その通りだと思うことは一つもない、と夫に言ってやった。

でも、親が小さいころ亡くなったじいさんには、わからないことが多いのだ、と。

 

親がいなかった子は、やはり不幸だ。

愛し方を学べないから。

どこも悪くなくて長生きをするのは必ずしもいいことでもない。

病人の気持ちは同じ病気をした人にしかわからない。

わからないということは、不幸なことだ。

知らず知らずのうちに人を傷つけ、そのことに気づけないと、孤独になる。

人生が終わる時、それがわかる。

 

車いすを返しに行ったとき、住区センターの人が、車いすのことを聞いてきた。

その人も、お父さんが介護状態になって、施設にいるが、つらそうなので在宅介護を考えてるとのこと。

 

世の中には今、こんな状態に陥ってる人が多いようだ。

 

お母様のみ言のように、昨日より今日感謝できる毎日を過ごしていかねばと思う。