apapaの日記

apapa奮闘記

11/22

今日も夫は機嫌が悪かった。

相変わらず、いつ退院の話が出るのかとやきもきしているようだが、最初から1月だと言っているのに、わからないらしい。

最近は生きてこの病院を出られるのか、と無用の心配をしていることが多くなった。

やはり、人と話をしない日が続くとおかしくなってくるみたいだ。

孤独が一番いけないようだ。

 

仕方ないので、話を聞いてやるだけだが、聞いてやってたら少しずつ元に戻ってくる。

確かに、精神衛生上は良くないようだ。

看護婦さんに言われた一言でひどく傷ついていたりする。

 

人間、思ってることはうっかり口に出るものである。

だから、いけないことは思ってもいけないのだ。

仕事としてやってる以上は、割り切らなくてはいけない場合はあるが、夫のように繊細な感覚を持っている患者は、予想以上に深く傷ついてしまう。

 

神様は、なぜこのような試練を与えるのか、と祈ってみた時に、お父様がお母様の7年路程の最中は、助けてあげることができず、ただ勝利することを願って疲れて眠るお母様の足元で祈ってあげるしかできなかった、というエピソードが浮かんだ。

成長期間の間は、本人が勝利するしかない。

だから、夫には何かこれを通して悟らなければならないものがあるのかもしれない、と思った。

そして、私もである。

 

今日、夫が言っていた。

死ぬのはいいが、死んだ後に上に行くか、下に行くかを考えると不安だと。

上に行ければいいが、下もありうるという。

そうだろう。

祝福を受けている以上、あまりひどい場所にはいかないとは思うが、それでも上に行けるわけではない。

なぜなら、神様に侍っていないからだ。

言葉で今は教えてあげられないが、私にはわかっている。

 

今朝、チラシ配りをしていて、知っている人に会ったので、少し立ち話をした。

夫のことを話すと、その人の弟さんも脳梗塞で3日ほどでなくなったという。

仕事中だったらしいが、脳梗塞でも死んでしまうのか、と思ったら、命が助かった夫は、やはり地上にいる意味がどこかにあるとしか思えない。

 

私は、先祖解怨、祝福をしてあげるしかないのだと思う。

できる限り、無茶はせず、それでも前に進めていこうと思った。

 

 

明日は区の在宅介護の講習会に行ってこようと思う。