apapaの日記

apapa奮闘記

10/29

今日はカンファレンスの日だった。

4時前に病院へ行く。

カンファレンスルームでは、すでに事前のカンファレンスが行われていた。

この日に参加するために、渡辺さんや小路さんは休みのところを来てくれたのだ。

 

医師の報告は、血糖値および血圧などに関して、そこは安定しているという。

温さんの報告は、歩く練習はできているが、家の様子を見たところ、どちらかと言えば座位の継続などをもっと重点的にしようと思ったということ

渡辺さんの報告は、トイレに自ら行くことはかなり大変なので、ベッドのそばにポータブルトイレを置いて、そこですることを考えるが、介助も必要なので、おむつを使うことも頭に入れておいてほしいとのこと。

私はと言えば、トイレだけは自分で行ってもらいたい。

毎日のデイサービスはもちろんのことだが、仕事をやめられない。

やらなければ、経済的に破綻する。

施設は考えない。

そうはっきり言ったら、医師は、最初は短い期間できるかもしれないが、継続できるかどうかが不安だと言った。

施設に行かせたいのか、と言いたい。

あの医師は、夫も嫌いなようだ。

たとえ不安でも、家族が希望するのだから、希望をそぐようなことをしてはいけないだろ。

小路さんの報告は、飲み込みに関してだが、こちらはそれほど深刻ではない。

 

終わって病室に行くと夫は精神的に心が折れているが、病室で私にずっと泣き言を言った。

そして退院のことを考えてくれないと医師に恨み言を言い、隣のおじさんにも恨み言を言い、とにかく恨み言ばかりを並べ立てた。

なんとか軌道修正したいと頑張っていたら、看護婦も来て、なだめてくれたり、励ましてくれたり。

みんな、考えてくれてて、共通している思いは、「よくなってほしい」と言うことだよ、と伝えた。

が、なかなか戻らない。

そこで、先日息子が、「いつも死ぬ間際まで行くけど、助かってるじゃない」と言うことを言ってたと伝えると、夫はすごくその言葉を喜んだ。

結局、息子の客観的な一言が、大きな慰めになった。

 

さらに、息子がぐちをよく聞いてくれたことを感謝していると言ったら、そこから泣き言は消えた。

 

結局、親にしてみれば、子供が一番なのだ。

子供のために、親は犠牲になれるし、子供がいることが支えなのである。

 

神様も、そうなのだ。

そう祈りの中で思った。

だから、不幸な子供を放っておけないし、子供が不幸なままでは幸せでもない。

子供が幸せなら自分が幸せになるのが親なのだ。

 

自分のことを考えず、神様のことを考え、慰め、走りぬいたお父様。

そのお父様のことを考えながら、千葉ポートアリーナまで行くことにしよう。