apapaの日記

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10/14

今日は朝から還元祈願礼式で、またそのあと礼拝。

10/30に千葉のポートアリーナでの役事を受けに行くための、祈願書をもらってきた。

今日の礼拝の内容は、3.1運動の時の柳寛順の話で、来年はその100周年に当たるらしい。

柳寛順と一緒に叫んだ友人が1人いて、その人は2000年に108歳で亡くなったらしいが、生き証人だったという。

私たちも、叫ばないといけないという話だった。

でも、今日はなにかみんな眠くなるような霊界だったらしく、途中で肩もみをさせられた。

叫ぶには、確信がなければならないという。

確かに、朴先生の証本を読んでいると、ゆるぎない確信があれば、自然とすべてがみ旨になっていく。

 

帰りに買い物をして、帰ってきたら1時。

昼ご飯を食べて、今日は息子と一緒に病院へ行った。

 

息子はいつも黙ってみているだけだが、夫は息子の顔を見ると喜ぶので、それでいい。

今日は、左手で握手をして、力を入るのを息子も確認した。

 

息子は5時半くらいに帰った。

そこで話しながら夕食を待っていると、突然、この前同じように半身不随になった息子の同級生の親でもある区議さんが夫婦でお見舞いに来てくれた。

私の携帯にメールを入れてくれたらしいが、気づかなかった。

義母が何か地域の集まりに行くときに、お見舞いに行きたいと言ってくれてたらしいが、そんなに義理のある間柄でもなかったので、本気にしていなかった。

一応、お母さんとは会ったら話はするが、あくまでもママ友なのである。

 

ご主人は、やはり脳梗塞で、夫より若いが、今仕事に復帰している。

口はある程度重いが、杖は持っていてもそれほど使わずに歩け、左手はやはりあまりきかない。

それでも、夫よりひどくて、1年たっていないという。

今できないことは、右手のカフスボタンをとめられないことだけだと言っていた。

夫は感激して泣いていた。

 

あのように、復帰した人を目で見た夫は、どれだけ励まされたことだろう。

本当にありがたかった。

おまけに、お見舞いもいただいた。

姿を見せてくれるだけでありがたい極みだったが、申し訳ない。

 

同じように大変な思いをして、気持ちがわかると言っていた。

やはり、このまま帰っても、先のことを考えると生きてても仕方がないと思ったりすると言っていた。

でも、みんなに励まされたという。

 

夫よりひどかった人が、今はああやって歩けるということを目で見せてもらって、夫は希望が持てたようだ。

人は、同じ思いをしないとその人のつらさはわからないというが…

 

今日はただただ、感謝しよう。

神様、父母様、そして、区議様。

ありがとう。