apapaの日記

apapa奮闘記

9/6

昨日、介護保険認定証が届いた。

要介護5である。

使い方はまだよくわからないけど、退院が近くなったら見せることがあるのだろう。

今日は、病院の窓口に持っていき、コピーを取られた。

 

夫は今日はリハビリは2回しかなかったようだ。

いつものように左手に少し熱があるのでタオルで冷やし、マッサージする。

少しずつむくみも取れてきたように思うが、気のせいか。

 

今日はマー君によく似た鶴竜のトレーナーの波田野先生という人と温先生だった。

 

食事はご飯を半分にしてもらったので、完食。

北海道の地震はすごかったが、友達の無事が確認できてよかった。

江別市にいる友達には連絡はできていない。

住所しか知らないからだ。

 

昨日は息子が義父母のことを毛嫌いしているのでとても弱った。

息子の言っていることはわからなくはない。

むしろ正しい。

でも、人間として、もっと許すということが必要なのではないか?

 

私も、そこをきちんと正してやれなかったのはいけなかった。

私が反省すべきなのかもしれない。

夫の母親方の祝福まではやれないと思っていたが、どうなんだろう。

 

義母は苦労人ではある。

親を小さいころになくし、お兄さんと協力して下の妹たちを育てたという。

しかし、だからこそ親の愛をあまり受けていない。

長女である分だけ、記憶は妹たちよりはあるだろうが…

時代が時代だったのだ。

義父も、母親を早くなくした。

 

私は違う家庭から来たから、欠けているものがよくわかる。

親がいないことはその子のせいではない。

でも、それならなぜ、親の愛し方を知らないと思いたくなるのか?

 

長生きしなくてもいいが、若くして死んでしまうこともよくない。

 

姉から電話が来た。

出張で東京にいるらしい。

土曜日に、はとこにあうとか。

 

40歳近くになって、今妊活中である。

神戸まで通ってるらしい。

子供が欲しいその気持ちは切実なようである。

 

でも、意外とあきらめた時に授かったりするものである。

私がそうだった。

子供は、いつの時代にも宝だ。

 

神様も、子供が欲しかったから人間を創造された。

子供を持たなければわからない世界は確かにある。

 

子供を持てた私は幸せだ。

でも、心配の種でもある。

 

昔、母が私を心配してくれた、その思い出を昨日息子に話した。

愛情深く、育ててくれた母に、感謝。

私は、忘れない。

親が犠牲になって子供を想ってくれた、その瞬間は、一生。