apapaの日記

apapa奮闘記

8/28

今日は嵐の後で、少し涼しくなってありがたかった。

 

夕方、夫のところへ行くと、夫は寝ていた。

右肩をあまり使わなくしたので、少し痛みが楽になったようだ。

しかし、リハビリをどうやって行くか、そこは考えるところだろう。

 

昨日のカンファレンスで、そのまま帰るのは難しいと医師に言われて、気が重かった。

夫は精神的に持ちそうもない。

やはり、帰してあげなければ。

 

とにかく、トイレだけは自分で行けるようにしてあげてほしいとお願いした。

トイレさえ行けるようになれば、後は何とか介助方法はあるだろう。

 

今日は晩御飯は8割がた食べた。

食べた後、歯磨きをして口をゆすぐと、痰を出せずにゲエゲエやるので、隣の人がうるさがって部屋を移動したと看護婦に言われたらしい。

あの病院は、理学療法士作業療法士はなかなか親切だが、看護婦は実に冷たく思う。

手が足らないので、全部聞いていられないというのはあるだろうが、広尾病院の看護婦たちに比べると、冷たいなとよく思う。

 

帰ってきたら、姉から電話があった。

9月8,9のどちらかで、東京に来るので息子と三人で食事して、夫の見舞いに来たいという。

土曜日は義父母を病院に連れて行くので、日曜の昼、ということにした。

 

9日は青年1万名大会の日だが、息子の動員を考えなかったわけではない。

しかし、息子は今時間があるので、なんとかうまく誘えたらと思っていたが、最近話をする中で、きれいごとばかりは信じられないというのが息子の本音だとわかった。

どうやって神様を伝えていくかだが、決して納得せずに来る人間ではない。

9日は大会の日だが、と頭をかすめたが、自分から日曜日にしてしまった。

 

時間的にも礼拝にいけない。

どのみち、息子は日曜日の午前中テレビを楽しみにしているので、そちらを選ぶだろう。

 

中心性のなさはどうしても私について回る。

心の中では、これでよかったのかと思う。

 

迷いのない道を行ければいいが、だめな私だ。

迷いなく、天の目指す方向を向いていけたら、どんなに気持ちがいいだろう。

使徒パウロのような、情熱をもって、伝道に行けたら、どれだけいいだろう。