apapaの日記

apapa奮闘記

8/24

今日は息子が受けている市の発表の日だった。

10時発表ということで、仕事をしていて忘れてしまったが、昼休みに近づくにつれて思い出し、気がかりになった。

昼休みになっても電話は来ない。

気になるのでメールしたら、「受かった」という返事が来た。

 

本当にほっとした。

これで、内定がやっと出た。

後は、28日の本命の面接だけである。

 

とにかく、よかったねという返信をして置き、夕方夫のところへ行って伝えた。

夫はリハビリで疲れて寝ていたが、声をかけてそれを言うと、目をパッチリ開けて、「ほんと?よかったな!」と言った。

 

手のマッサージをしながら、話をしていたが、小沢先生がやってきて、装具の支払方法で預かってもらえないかと相談していたのを、カンファレンスの時に預かりますと返事をもらった。

 

日中、広尾病院から電話がかかってきて、文書料の返金をする手続きができたという。

明日、取りに行くしかない。

 

食べさせて帰ってきて、息子と話をしていたが、文鳥を放していて、この前買ってきたひな毛のほうが、膝のところにいたのに気づかず、立ち上がる時に膝で踏んづけてしまった。

ビャッと聞こえたと思ったら、ひながいたので驚いた。

慌てて手に取り、様子を見たが、やはり変だ。

ちょんちょんと何度かはねて離れたが、急に立ち上がれなくなった。

もう、だめだとわかった。

 

慌てたが、手に取って、ごめんよ、ごめんよと言いながらなでてやるしかない。

手から羽ばたいて落ちたが、もう動けなくなり、静かに目が閉じて行った。

もう一匹が心配そうにつついたりしたが、死んでしまった。

 

もう、後悔この上ない。

買ってきて1か月、やっと慣れてきたのに。

息子に、「何やってんの!」と責められた。

もう、残念な気持ちでいっぱいになり、申し訳なかった。

 

しばらく落ち込んでいたが、その間息子と話ができた。

息子の就活中の仲間の話。

そこで、話をしていて、初めて聞くようなことをたくさん聞いた。

息子の内面の話である。

 

息子の中では、はっきりと人を見極める基準がある。

それは、ポイント制だというのだ。

大体、思考回路がまず自分から始まるようになってるタイプの輩に関して、最初はぴんと来ないが、なんだこいつ、と思うことが積み重なり、それが満ちるとこいつ、もう付き合えないと思うらしい。

面白い表現を使うなと思った。

さらに、何事も悪くとらえようとしない、人のことを悪く言うことに慣れてない、というかいけないと思い込んでる育ちのいい人たちは、だめらしい。

本音は、いろいろ闇の部分を屈託なく話し、愚痴る相手がいてほしいとのこと。

だから、親友がいないとも言っていた。

広く浅く、付き合ってると。

 

悪いことではないと思う。

息子は人を見る目がきちんとしている。

だからこそ、相手の行動の動機がどこにあるか、しっかり見ているので、見られている。

間違えたら、厳しい三下り半を突き付けられる。

うちの義父母は、すでに突き付けられた。

さいころから、息子の??がポイントでたまってしまったからである。

 

姉に、公務員合格のメールをしたら、夕方電話がかかってきた。

息子がいなくてよかったが、本命のところより、今日受かったところのほうがいいから、そっちを選べという。

息子は、一番やりたいと思うのが本命のところで、それに向けて一生懸命やってきたから、と言うとそれ以上はもう言わなかったが

息子にそのことを言うと、「人に言われることではない」とビシッと返事が返ってきた。

 

やはり、息子の基準は間違ってはいない。

 

こういう常識人の息子が、なぜこんないい加減な中心性のない私から生まれているのかわからないが、これも神様の計らいか。

この息子に、神様を伝えるということは、納得するように伝えなければならないということで、自分にできるだろうかと思う。

ただ、息子に人の悪口を言うなと言ってはいけないと思った。

息子が言うには、きちんとした理由があり、それを否定することは、そのことが見えていない、と自分が判断されることなのだ。

そして、それ以上その人とは深く付き合えなくなるという。

 

だから、愚痴は聞いてやるしかない。

焦らず、それでも神様を忘れず、

自分の愛だけではだめだ。

通過体になるしかない。

中心性を持てるように、変わらなければならない。

祈って行くしかない。