apapaの日記

apapa奮闘記

8/22

夕方、病院へ行く。

ちょうど、渡辺先生がいて、マッサージをしてくれて終わったところだった。

 

右肩のMRIのCDを見て、これは痛いはずだ、とみんなで納得した、と言っていた。

骨の長年かかって変形してきたとげのようなものが、神経に触っているという。

今、どうしてもリハビリのために右肩を動かさざるを得ないので、考え中だという。

ただ、炎症が起きていないので、なんとか考えつつ、リハビリをしていくしかない、と言っていた。

 

何もしないでも、痛く、全身がかゆく、少し手を上にあげるだけで、痛い、痛いと繰り返す。

あれでは、生きることに疲れてしまいそうだ。

がんばれとは言えないなと思った。

 

明日、一緒に昼ご飯を車いすに乗って、どこまでできるか、見てみるつもりだと言っていた。

 

夕食はやはり、8割がた。

完食は難しい。

ただ、夫はいつも「俺には多い」というので、いいのかもしれない。

少しずつ体重は減ってきた。

 

やはり、先祖解怨のことを考えなければならないと思う。

夜、お祈りしていて思ったこと。

夫があのような状態になっているのは、霊界の先祖が訴えていることに間違いはない。

ただ、私は、いつもそのことから逃げていた。

 

しかし、一人の姉妹が、先日長い間行けなかった先祖解怨ができたという話を聞いて思った。

彼女は、地味だが、素晴らしい信仰者で、私はいつも彼女を見て少し話をするだけで自分が恥ずかしくなってしまう。

なぜなら、彼女には、父母様と出会えたことに対しての感謝が常にあり、心情があるからだ。

最初から感じている。

実績もそれほどなく、目立つ存在ではない。

でも、いつも心に神様と父母様に対しての感謝があるのだ。

それは、心情、という言葉が一番ぴったりくる。

 

神様は、きちんとその彼女を見ていてくださり、さらに愛しておられることが、この結果を見て明らかなのだ。

私にはないものなのだ。

最初から。

 

彼女が昔言った言葉を覚えている。

この道は、平等だ、と。

その時もその通りだと思った。

 

平等だ。

やった分、やらなかった分が全部最後の結果に表れる。

何の実績もなかったあの時も、彼女はそう言っていた。

私は、理解できた。

そして、何もしなかったら、結果が勝手に出ることはないのである。

環境的にできないことと、しないことは違う。

私は、しなかったのである。

何一つ。

 

私に一番足りないもの、それは、神様と父母様を慕う心情なのだ、と思うと、また恥ずかしく、申し訳なく思った。

そして、あのような夫の姿を今見せられていることは、それに気づかせるためだということも。

 

つらがってはいけない。

大切なことは、神様と父母様を心に抱き、一瞬一瞬を大切に生きることだ。

いい加減に過ごさないこと。

そのことなのだと思った。

 

彼女は、長い間、一度もいい加減な一瞬を過ごさなかったのだ。

彼女こそ、私の先生だ。

いつか、彼女に伝えようと思う。

尊敬している、と。