apapaの日記

apapa奮闘記

8/11

今日は聖日だったので朝から敬拝をしてきちんと出発したはずだった。

しかし、1日振り返ってみると、とんでもないことをしてしまった1日だった。

 

病院へは昼ご飯の時間に合わせて12時過ぎに着くように、義父母を連れて出た。

行くと、やはり食事が来て食べている最中だったが、ほとんどろくに食べれてない状態で、もう嫌だという。

見れば、ご飯3分の1、おかずは1割くらい食べたところでそんなことを言っている。

とにかく食べさせるために、そこから口に運んでやる。

なんとか6割くらいは食べさせて、ヨーグルトとすりおろしリンゴは全部食べた。

 

その間、義父がまたトイレに行くと言った。

1階まで下りなければならないが、いつも心配で義母がついていく。

それが面倒で、義母は義父を連れて歩きたがらない。

今日も、病院へ行くのに、調子悪いと言い出した義父を家に置いて行きたいみたいだったが、義父が行くと言ったので連れてきたのだ。

 

私は、「もう一人で行けるでしょ。行ってきたら?」と突き放して言った。

そしたら、「帰る時でいいか」と言い、その時は行かなかった。

要するに、一人でここまで帰ってくる自信がない、と後で義母は言っていた。

 

1時から作業療法士のリハビリがあるので、それを少し見てから帰ることにした。

渡辺さんが来ると、左足に包帯をぐるぐる巻きにする。

サポーターの意味のようだ。

私に膝のサポーターがあるか聞くので、私の使っていたものならある、と答えると、それを持ってきてほしいと言われた。

 

車いすに移る。

まず体を右に向け、足を下ろし、そこから体を起こして抱きかかえて車いすに移る。

何とか座らせると、1階のリハビリ室へ。

そこでまず、今日のスケジュールを書く練習。

いつも眠くなって、ミミズのような字を書いてるらしい。

 

そのあと、先にトイレに座る練習。

リハビリ室のトイレに車いすで入り、そこで手すりをもって立ち上がるように練習。

だが、右肩の痛みがあるため、手すりを持つ右に力が入らない。

まだまだ、腰に力が入らないことと、右手に力が入らないことで、本当にまだまだ先だと思ってしまった。

 

そこから帰ってきたが、義父は家までトイレに行かなかった。

やればできるじゃない。

 

帰ってきて食事して、少し疲れたので夕方まで昼寝した。

そのうち、息子がジムから帰ってきて、また面接対策。

 

その時にいろいろ話したが、義父母のことを嫌っている息子に、私は同調してしまった。

私も、本当は嫌いなのだ。

だから、息子のいうことがよくわかる。

 

息子曰く、あの二人は結局は自分のことしか考えていない。

自分の思ったことを押し通すために、周りに言うことを聞かせようとする。

 

私も、間違っている、と前から言っている。

実際、間違えている。

ただ、息子にこのまま先祖となる二人を嫌わせていていいのか、と思うのである。

 

この二人に関しては、どうしていいかわからない。

さらに、夕食のために、今日は午前中スーパーで刺身を買ってきたのだが、その時は義父の食べられるものをわざと買わなかった。

最近、食事の味付けに関して文句しか言わない。

決して、おかしな味付けなわけではないが、完全に義父の味覚のほうがおかしいのである。

だから、義母も、ほとんど料理らしいものを作らなくなった。

刺身で食べられるのは、イカとマグロとゆでダコだけ。

 

朝買ってきたのは、しめさばとアジとタイ。

帰ってきて、「刺身買ってきたよ」と見せたが、「お父さんの食べるのはないから、お父さんには何か作ってやって」と言った。

 

なのに、実際に食卓に並べると、こっちの刺身の中身を向かい側からジーっとみて、何とか食べられるものはないか探している。

ないよ、と冷たい目で見る。

間違っても、自分の箸をこっちに伸ばしてくるなよ、と思っている。

 

義母はゴーヤとなすと豚肉を炒めたものを作った。

それがあるでしょ、と思っていたが、食事を終えたら、まだなにかパンはないか、と探している。

「食べるものがないから」と言っていたが、食べるもの、ちゃんと作っといたでしょ、と心の中で言う。

義父が味に文句を言う毎日、しかも納得いかない変な味覚のせいで、長年連れ添った義母に料理を作らせたくなくしたのだから、自業自得である。

 

おいしく食べて、おいしいと喜ぶ顔を見ると、料理は頑張る気になる。

しかし、文句ばかり言って、義母のやる気をなくしたのは自分だし、自分が手を付けないものを食べているこっちの食べ物に目をやり探すそのいやしい目つき、本当に不快なものがある。

 

だから、こんな一つ一つの生活のなかで思う不快な思いが、私にもあるので、息子の言うことに納得するのである。

 

しかし、それでいいのかと思うと、違うのではないかと思う。

息子は確実に、義父母のことを見ることで、年寄りに対しての畏敬の念を持つことができない。

ただうざいと言う。

このことが、将来息子の感覚を狂わせないか心配だ。

さらに私の心の中で、神様がストップをかける。

 

息子に本当のことを教えるべきだと。

人間がいけないのではない。

神様がいること、神様とかかわりをなくした歴史がいけなかったこと。

 

 

どうしたらいいのか、悩ましい。