apapaの日記

apapa奮闘記

7/5

今日は1年に1度の出張の日で、朝から南青山へ。

仕事は3時ごろ終わった。

そのまま、帰宅。

ちょうど、おむつが切れていたので、家に戻っておむつを持って自転車で病院へ。

 

仕事では、ほとんど読み合わせだけの仕事に、1か月分の報酬をもらっているので、今日はそのことに言及され、私の権限ではないものの、ちょっと冷や汗をかいた。

私はずっと前から教えられたとおりにやってきたのであるが、確かに逆の立場だとそう思うに違いない、と思う。

それでも、小さなところは、大きな収入減になるので、ダメージが大きい。

 

夫のところへ行くと、夫はチックが苦しそうで、そのことを訴えていた。

リハビリの先生にチックの薬を出してほしいと懇願したが、私にはその権限がないんだと言われて、ずっと辛そうだった。

その先生が昔から知っている東大の先生だというのだが、そんなはずはない。

時々、夫はその辺がよくわからなくなっているようである。

 

それでも、普通に話はできるので、看護婦さんや看護学生とは楽しく会話しているようだ。

 

病院に行ったのは4時ころだった。

夕飯の時までは雨が心配だったのでいないようにしようと思い、行った。

やはり、おむつはなくなっていて、3枚貸しているから返すように、と張り紙がしてあった。

違うメーカーのものでもいいのですか、と聞くといいというので、持ってきたおむつから取って返した。

 

股がむれてかゆい、かいてくれというので掻いてあげてたら、大きいのがしたくなったからトイレに連れて行ってくれという。

無理だから、おむつにして、と言って、そこでしてもらった。

 

今日はもう、帰るね、と言って1階に降りたら、ソーシャルワーカーの坂本さんに会ったので、少し話をした。

クッシング症候群のことでどうなるかわからない、と言うと、とりあえず、予定通り転院の話は進めるが、来週とかの話ではないと思う、と言っていた。

 

帰ってきて、ずっと頭の中にあるのは、今日の出張先での話だった。

私も、年なのである。

仕事はもう、便利なほうへ便利なほうへと流れてしまうが、そのことで仕事が奪われてしまうのは実に怖い。

せめて、私が年を取って引退するまで、その前に義父母を見送り、気楽な身分になるまであと少し、仕事は今まで通りの収入は得ていたい。

 

長生きはしなくていいが、動けるときにはきちんとそれだけのことをしたいのだ。

それが、難しいことのように感じる最近なのだ。