apapaの日記

apapa奮闘記

6/20

今日はずっと雨だったが、幸い、大したことはなく、電車で行くより自転車でいくことを選んだ。

仕事から帰ってきて、「今日は晩御飯何するの?」と聞くと、「もう買ってきちゃった」という。

食卓を見て、置いてある豆腐ハンバーグを見て、げんなりした。

夕べ、2個買ってあって、息子の昼ご飯にと言っていたが、息子が昼食べなかったので、もう2個買ってきて、夜それにするという。

私はそれでもいい。

でも、こんな見るからに買ってきたものを出されて、息子はどんなにがっかりするだろう。

私は自分で食べたいものを選んで弁当に入れて食べる。

買って食べるより、そのほうが自分の味付けで、あまりものでも満足できる。

だから、私の弁当に、と言って煮物とか買ってこられても、はっきり言ってありがたくない。

どんなにありあわせのものでも、自分で作ったものとできあいのものとの差はあまりにも大きい。

 

義父はこの前からうまく閉まらなくなったコンロの下の物入の扉を直そうとしてがたがたしていた。

どいてくれなくて料理ができなかった、というわけではないことはそれでもわかる。

何を作っていいのか、まったく思いつかなかったのだろう。

でも、ひどすぎる。

これは、帰りに息子の分だけでもなにか別のものを買ってこよう、そう思って合羽を着て自転車で出かけた。

 

病院に行くと、夫はちょっと眠っていた。

でも、声をかけると起きた。

ちょうど、これから食事の時間だ。

夫はまだ、夕食は鼻からの栄養だ。

 

またミトンを取って、手をふいてやる。

いつもそうだが、ゆかたがはだけて、おむつが見えていて、行儀が悪い。

よく見ると、左のおでこの傷についていたホッチキスの針が抜けていた。

傷がようやくふさがったようだ。

 

話をしていると、夫が急に泣き出した。

昨日も、姪のことで泣き出したので、動けないのが情けないのかな、と思ってよく聞いてみると、「ピースケを、俺、食っちゃったんだよ」と言って泣いている。

 

は?

 

ピースケというのは、昔飼っていたオスの文鳥である。

かわいがっていたが、9年生きて大往生した。

もう一羽、ピーコというメスを飼っていたが、こちらは3年で死んだ。

その後、ピースケはやもめ暮らしのまま、6年生きた。

 

しばらく、この2羽の後は飼わないと言っていたが、とうとうこの前またひなを2羽買ってしまった。

でも、1羽、先に突然死した。

夫のいない今、私は夜の一時間だけ、放鳥する時間をもって世話をしている。

 

その昔飼っていた文鳥を食べた、というのは、明らかに夢でしかない。

夢でしょ?

夢で泣いてるの?

夢だからよかったじゃない、ほんとなわけないでしょ。

 

どうやって食べたの、と聞くと「ソテーして」

「三回も」

もう、大笑いである。

ケラケラ笑ってたら、看護婦さんがインシュリンと薬の投与に来た。

 

かわいがってた文鳥を食べた夢見たらしくて、泣いてるんです、と言ったら、ちょっとあきれ顔をされた。

まるで子供だ。

まあ、それが私の夫である。

 

看護婦が、栄養を入れるのに、もう少しきちんと寝かせようとして、夫の体を動かそうとしたが、重くて大変だ。

もう一人、呼びに行って、連れてきて、2人で体の向きを変え、頭を上にずらしてまっすぐさせる。

 

昼は、口から食べたんですか、と聞くと、はい、と答える。

ゼリーみたいな流動食だと思っていたが、ちゃんとしたご飯だったようだ。

夫に聞くと、バンバンジー、と答えた。

おかゆでもない、ご飯だそうだ。

看護婦さんが全部やってくれるんだそう。

「すごくいいんだよ」

そうだよね、まだ。

 

帰る時間が来たので、ミトンをして、右手をベッドに固定する。

 

帰りにもまだ雨が降っていたので、ポンチョを着て自転車に乗った。

帰り道に海鮮丼の店があり、息子に一つ、買った。

その場で電話し、「何もないから、買っていってあげるから、まだ食べないように」と伝える。

 

帰ってきて、息子はそれを食べた。

私は、豆腐ハンバーグを3つも食べた。

私以外食べないのがはっきりしてるからだ。

もう1個は明日弁当にでも入れるしかない。

 

息子はあとで、2階で不満たらたらである。

そうだよ、あの食卓を見せられちゃ。

私だってげんなりした。

 

義母も、食べたくないから作れないのはわかるが、だったらもうちょっと考えたらいい。

なにか買ってきて間に合わす、というのが明らかに見えると、食べるほうはテンションが下がる。

 

年取るって、なにもかもやる気が起きないってことなんだなと思う。

あーあ、うんざり…