apapaの日記

apapa奮闘記

6/19

今日は11時ころから仕事場で一人になったので、包括センターに電話して、先日、義父のことで医者に相談したところ、本人の了承が得られなければ、介護認定のことは話せない、と言われたことを伝えた。

結局、嫁という立場で義母にも知られないように、介護認定のことを話してくれないかという頼み自体が、あまり信頼されない内容なのだと感じたと。

包括センターの人も、なかなか難しいと思ってきたみたい。

頻尿で本人は気にもしていないが、家族が困っている、とひしひしと訴えた。

 

とりあえず、もう2回ほど本人が行かずにいる医者に、今度は一緒に行こうか、と義母にさりげなく言ってみる、ということにした。

また、そのうえで考える。

 

大事なことは、いろいろ試してみながらあきらめず進めていくことだ。

 

夕方、病院に行くと、夫は起きていた。

昨日から、すっきりした感じがする。

今日も、話す言葉が割と普通に近かった。

 

ミトンを取って、爪を切ってあげる。

入院してから一度も切っていない。

 

看護婦さんが、今日は昼は口から食べ物をとったんですよ、と言ってくれた。

それはとてもいいニュースだった。

本人からも、今日はお風呂に入れてもらった、とも聞いた。

どうやって入れたのか見当もつかないので聞くと、「エレベーターで」と言っていた。

ベッドをエレベーターでお風呂まで運んだのかな??

 

「俺の今の状態を知りたい」というので、「何が知りたいの?」と聞いたが

なぜここにいるのか理解できていないようなので、救急車で運ばれたことは覚えてる?と聞くと、覚えてないという。

 

今日は6/19で、ここに来たのは5/27、もう3週間たった、2週間はICUから出られなかったというと、びっくりしていた。

ここはどこかはわかってる?と聞くと、「広尾病院」という。

「おれ、倒れたの?」と聞くので「そうじゃない、起きれなかったんだよ」とその時の状況を説明。

7時に発見して、9時半には手術したんだよ、死ぬとこだったんだよ。

 

今は動けないかもしれないけど、危険な状態は脱した、これからはリハビリしていくんだよ。

10月には姪の結婚式があるから、そのころには落ち着いていたらいいけどね、と言うと、急に泣き出した。

こんなことにならなくても夫は体力的に行けなかったが、不自由さをまた痛感したらしい。

姪の結婚式に行きたいんだろうなあ、と思った。

 

トイレに行きたいんだというがまだむりだから、おむつでしてね、と言った。

めがねも欲しいようだが、顔にまだかけられない。

ネットで見たが、最初は寝たきりでも、リハビリ次第でかなり回復はできるらしい。

長くはかかるが…

 

ミトンをしようと思ってみたら、右手がベッドにつながれている。

鼻のチューブを抜いちゃったから、仕方ない。

でも、つながれてるならミトンはしなくていいんじゃないかと思ったので、看護婦さんに聞いてみた。

そしたら、「固定されてても抜いちゃうひとがいるので、やっぱりしておいてください」と。

 

そういうことだから、しておいて、チューブが抜けたらね、と言って帰ってきた。

顔も少しやせて、すっきりした感じだ。

がんばって、元気になってほしい。