apapaの日記

apapa奮闘記

6/17

今日は夫が倒れてから3週間目の日曜日だ。

あっという間の3週間だ。

 

朝から、息子は公務員試験に出かけた。

吉祥寺のため、出かけたのは7時20分くらいだった。

 

午前中、義母が近所の友達と年に2回の野菜の販売会に行くという。

礼拝に行けるかどうか、と思ったが、聞いてみたら出かけてもいい、とのことだったので、行くことにした。

 

今日の説教は、アベルの供え物とカインの供え物。

この15日に、米朝首脳会談が行われたことで、お父様の歩まれた道をもう一度振り返り、世界共産化との戦いの実績、その都度働かれた神様がいたこと、

第三次世界大戦は有神論と無神論の戦いだった、ということを再確認させてくださった。

生きているお父様に出会えた記憶があるということは、どれだけありがたいことか。

本当に、申し訳ない。

お父様の姿を、証できる自分にならなければならないと改めて思う。

終わった時、教会長から「お中元」と言って、お菓子をいただいた。

申し訳なくて、身が縮む思いだ。

 

帰ってきたら1時。

午後から病院へ行く。

 

行ったら、夫は眠っていた。

起こしてもなかなか起きてくれない。

 

頭の傷口が見えた。

右側はふさがっているが、左側はまだホッチキスの針が刺さっている。

しばらく声をかけたりしていたが、起きてくれないので、少し待つことにした。

 

斜め向かいのベッドにいる人に、男女2人が面会に来ていた。

やたらと話しかけて、体を動かしたりしていて、うるさかったのだが、暇なので横目で見ていた。

 

どうやら、夫と同じ脳出血だったらしい。

お酒が好きな人で、それもあったようだ。

やはり左半身が動かず、話しかけには聞こえているらしいが、ほとんど応じられない。

2か月だと言っていた。

体も動かないようで、痰がでてむせると、看護師が来て首の穴から痰を吸い出すところを見た。

 

その様子を見ていて、まだ夫のほうはこのおじさんより軽い、と思った。

痰はなんとか自分で咳払いみたいにして出そうとできるし、一応意思疎通もできる。

ただ、筋肉が衰えている。

早くリハビリに入らないと、筋力が急速に落ちていく。

 

私も、そのおじさんの面会人に見習って、夫の足や手を動かしてみたりした。

右手のミトンが臭くなってきたみたいなので、取って、手のひらをウエットティッシュで拭いてやる。

来た時くらいは取ってあげようと思う。

拭いていると、あかがやっぱり出てきた。

 

そのうち、起きたので話かけた。

今日は息子が試験に行ってるよ、と言うと、割とはっきりした。

どう、具合は、と聞くと「かゆい」という。

どこがかゆいの、と聞くと「鼻」と答えた。

鼻には手を持って行ったらいけないのでミトンをさせられている。

「仕方ないけど、我慢だな」と言った。

 

しばらく話しかけながらいたが、看護師たちが出入りし始めたので、眠くもなって来たようだし、帰ることにした。

1時間くらいいたかな?

 

入り口のおじさんは元気だが、明日退院して転院するようだ。

いろいろしゃべっていた。

足立区のほうから来ているらしく、そんなところからもここにくるんだ、と思った。

 

夜、夫のことで姉が心配して電話をよこした。

姉にも言ったが、がんとかと違って、日に日に少しずつではあるが回復しているのが見えると、ほっとすると。

がんで、治療が思わしくなければ、日に日に悪くなっていくし、見てるのもつらいが、それはないと。

 

姉は、私が大変な状況だと繰り返す。

義父母のこともあるが、こっちの介護認定なども難しい、と言うと、ほんとに悩ましげだった。

私は包括センターの人と相談して進めていくしかないと答えたが…

 

息子には仕事が決まったら、一人暮らしをするように言っている。

本人も出ていきたくて仕方がない。

毎日義父母のくだらないやりとりを聞きながら起きるのが嫌だという。

 

お父さんは、この家の悪いことを一人で一身に受けているから、お前には悪いものが来ない、だからお父さんには感謝するように言った。

せめて、そのことだけはわかってほしい。

どこかで支払わなければならないものを、夫が支払ってくれてるのだ。

私こそ、感謝せねばならない。