apapaの日記

apapa奮闘記

5/28

その日の夜。

夜中に目が覚め、まずやらなければならないことを思い出した。

お金!

 

長期入院になる。

手術もした。

 

お金は普段夫が管理している。

私はノータッチだ。

でも、これからは私がやらなければならない。

 

普段私は触りもしないのだが、通帳のあるところを見て確認した。

さしあたっての治療費は大丈夫そうだ。

まず、限度額申請の手続きをしなければならない。

 

朝、仕事場に出かけ、まず最初に上司に報告した。

そして、病院から何か連絡があったら仕事を休むかもしれない、と言っておいた。

そこで、まず限度額申請の書類を作成し、速達で送った。

 

一日、もし夫が意識に障害が出たらどうしよう、と不安に思いつつ仕事をした。

昨日、医者の説明では、脳出血水頭症まで行くと、意識障害が起こる場合も多いという。

その時の先生の表情が深刻そうだったので、気になって仕方がなかった。

 

5時になったので帰宅。

楽天的なことを言っている義父母に、少し現実を理解しともらいたいと思い、

「現状は深刻だ。意識が戻らないかもしれないよ」と伝えた。

こんなとき、根拠のない楽観的な希望的観測はいらだたしい。

相手が年寄りとは言え、すこしお灸をすえてやりたかった。

 

病院に行くと、夫は眠り薬でよく眠っていた。

「さっきまでお話しされてたんですよ」と言った看護婦の言葉に安どした。

「水を飲みたい」と言ったらしい。

その一言が、本当にほっとした。

 

下半身ははだけておむつをしている。

右手はミトンをつけられている。

そういえば、拘束する同意書を書かされたっけ。

いびきをかいている。

 

夫は、16年くらい前に、肺炎で別の病院に入院したことがある。

その時もうろうとして点滴を引っこ抜いたことが2回あった。

夜中に、トイレに起きて点滴を引っこ抜き、歩いているところを看護婦に発見された。

だから、ねぼけて自分でもわからず引っこ抜く可能性があると思ったので、このくらいやってもらったほうがいい、と私は思った。

 

左の体の下にクッションがこんであり、血がついていた。

そのことを聞くと、右手に薬かなにかの針を刺すときについたものを、左側に移し替えたのだという。

 

 

 

まだ眠らされているので、病院は後にした。

 

友達グループのラインがはいった。

6月23日のイベントのお誘いだったが、そこでグループ全員に夫のことが知れ渡ることになった。

韓国ドラマの公式サイトで知り合った人たちだが、いい人たちばかりで、たまに会ってしゃべって楽しい時間を過ごしている。

夫が倒れる1週間前には、その一人と体操のNHK杯を見に行き、楽しんできたばかりだ。

 

とにかく、その日は夫の意識が戻ったことを喜んだ。

まだベッドにつながれた状態だが、言葉を話せたということは大きな感謝だった。

 

信仰している教会に連絡したが、一度来てください、ということで、次の日は午前中仕事を兼ねていくことにした。