apapaの日記

apapa奮闘記

12/11

今日、病院へ行くと、夫は珍しく良く寝ていた。

でも、起こさないと、また来てくれなかったと思ったらいけないので、起こした。

まず、とろみ付きのコーラを飲んで、少し話をしていた。

夫は、カンファレンスではっきり退院の日を決めてくれると思い込んでいたが、まだ流動的だ。

とにかく、準備を間に合わせなければならない。

 

今日、飲んでいる薬の明細をもらったので、精神科の先生に電話して、もう通えないことと、今後の薬の相談をしてもらいたいと話した。

土曜日にでも行って、同時に挨拶をしてこようと思う。

診察券がどこにあるのかわからない。

夫に聞かなければ。

 

2回、ケアマネさんから電話が入っていたので連絡した。

明日、カンファレンスの後、契約をするので、介護保険証と印鑑を持ってきてくれという。

まったく介護に関してはど素人なので、もうすべて任せるしかない。

 

夫は今日は割と安定していた。

今、一生懸命退院に向けて頑張ってリハビリしているらしい。

明日は朝から区の保健所が主催する脳卒中の再発予防の講習に行き、そのあと3時からおむつ交換の説明を受け、そのあとからカンファレンスだ。

支払いもしなければならない。

 

さて、介護にどれだけの費用が掛かることになるか。

12/10

今日病院へ行くと、夫はやはり昨日のことを後悔していたようである。

やっぱり、今まで言っていた通り、俺を連れて帰ってくれ、と泣き出した。

だから、最初から家へ帰るって言ってるでしょ、と言うと、安心したようだった。

 

私が、今でも不幸なのに、自分が家に帰ったら、もっと不幸になるということを私が言った、というので、なんでそんな風に解釈しているのだろうとあきれた。

私は、先が長いから、無理はしない、帰ろうと思う時は切り上げて帰るんだ、と言って昨日帰ったことを、そんな風に受け取っていたのだ。

それがなぜ、今でも不幸なのに、なんて私が言ったことになってるのだろう?

いつもながら、夫の独りよがりな受け止め方にはついていけない。

 

私は、信仰を持ってる人間だ、そんなこと思うわけないでしょ、と言った。

実際、昨日夫にお前から愛情というものを感じたことは一切ない、ととんでもないことを言われ、腹が立っていたのは事実だが。

でも、祈りの中で思った。

夫は、精神的に参っていると。

何かに八つ当たりしたいというのもあるだろうが、誰かを攻撃しなければ自分を保てないのだ。

さらに、感謝していくと昨日決意したばかりである。

 

看護婦さんに呼ばれ、昨日私が帰ってからあらゆる看護婦さんに「離婚する」と言い放っていたようで、本当にそうなのですか、と聞かれた。

精神的に参ってきているので、いろいろ言っても振り回されないようにしてください、大丈夫ですから、と言った。

まったく、人騒がせな。

 

精神科の医師に電話して、これからどうしたらいいか、聞くつもりだったが、今飲んでいる薬の明細を明日くれるというので、今日は連絡しなかった。

ソーシャルワーカーの高橋さんにも、精神科の在宅診療のことを聞いてみたが、複数の医者に診てもらうことはないようである。

主治医の先生に、診療明細を見せて、そこで紹介してもらうことで、やり取りしてもらうことになった。

 

夫は、子供である。

愛されることばかり願っている。

私は、そんな夫と祝福を受けたのだから、そこに意味があるに違いない。

感謝して乗り越える。

それが、これからの目標だ。

 

12/9

今日は2時ころ息子と一緒に病院へ行ったが、しばらく話をして、息子は家へ帰った。

そのあと、4時半くらいまでいて、帰ろうとしたら、引き留めるので、毎日のことだから私は無理せず帰る時は帰る、と言ったら、とんでもないことを夫は言った。

 

俺の今までの人生の中で、一番の失敗はお前と結婚したことだ、と。

今まで俺はお前から愛情を感じたことはない、と。

離婚すると。

離婚したら、私の戸籍に傷を残せると。

それが復讐だと、この前そういった。

 

この前そんなことを私に言って、後悔してたのはどこのどいつだ?

すべての苦しみを引き受けてることで、この家の悪いことを生きて清算してるんだよ、感謝して超えれば超えてしまうんだよ、と言ったとたんそう言った。

 

お父様が教えてくださった原理であるが、夫には受け止めきれない。

あまりにも恨みが強すぎて。

私に、よくそんなことを言えたものだ。

誰よりも、夫のことを救おうと思って教会に足を向けた私に。

でも、口に出して言ったのは失敗だった。

私は、実践が先なのだ。

実践する前に口で言っても、何も霊界は納得しない。

 

あんな冷たいことを私に口にする夫は、いったい何なんだと思う。

私は、それを感謝だと思えるか?

 

思わなければならない。

これは、試されているのだ。

お父様が、以前私におっしゃった。

夫を愛していますか?と。

 

私は、この人と祝福を受けたのだ。

だから、無条件に、この人は私のパートナーなのだ。

どんなことを言われようと、されようと、苦労させられようと、神様が与えた相対なのだから、私が見捨てるはずはない。

 

夫は、そのことを幼少期に学べなかった。

どんなことがあっても、親は子供を見捨てない。

それを、感じずに育ってしまった。

義父母は、一生懸命食べさせることだけを考えて育てたが、本当の意味で夫を育てることはできなかった。

 

これからの私は、感謝で超えるしかない。

こんな夫、と思ってしまったら、この世では離婚してしまうだろうが

 

あんな不自由な体になってなお、私を傷つける夫は、はっきり言って罰当たりな人間である。

でも、私は、感謝して超えよう。

それが、私の覚悟であり、信仰だ。

 

12/8

今日は土曜日なので、早く行ったほうがいいと思い、2時ころ義父母を連れてタクシーで行った。

行くと、また今日は機嫌が悪かった。

またケアマネージャーの悪口を言っていた。

本当に、神様は、いったいどうして私にあんなことを聞かせるのだろう?

夫があんなことを言っているのを見せるのだろう?

義父母を連れて行っても、まったくその場にいるだけで、なにもない。

義父なんか、椅子に座って関係のないことをしゃべってるだけだ。

 

渡辺さんのリハビリの時間が来たので、車いすを持ってきて移乗の練習を少しさせてくれた。

なかなか大変である。

帰ってきてから姉から電話があり、状況を話すと、すごく気に病まれた。

 

私は、あっけらかんとしている。

これは、なんとかやっていくしかない。

ああ、大変だが…

 

12/7

今日病院へ行くと、今日は割と明るかった。

どうやら、やっぱり、人と話ができないと、だんだん孤独になって、変なことを考え始めるらしい。

夫に一番いけないことは、孤独なのだと思う。

親しい人と気さくな話をして楽しむことが、精神の安定につながるのだと思った。

 

それと、寒いとダメみたいだ。

自分で布団をかけられないので、寒いままどうも我慢してしまうようだ。

看護婦さんを呼びなさいと言っているのだが…

 

今日、温さんのリハビリで、左手の手のひらで突っ張るのではなく、肘で突っ張ると楽に起きられたらしい。

なので、この方法で行くようだ。

 

途中で渡辺さんが来て、またおしゃべりをしていたら、だんだんまた空想の話になってきて止まらない。

付き合ってるほうも、忙しいので、なかなか離してもらえないと、ちょっと困る。

でも、よく付き合ってくれる。

 

私は明日、いつも行っていたお医者さんに電話をかけて、在宅診療のお医者さんに紹介状を書いてもらわなければと思う。

夫の着られなくなった大量の衣類も整理していかないと。

 

ああ、忙しいなあ…

12/6

今日病院へ行くと、夫は調子が悪かったようだ、かなり機嫌が悪かった。

そして、今回お世話になっているケアマネさんの悪口を言い出した。

 

昨日、これは自分の宿命だと思って楽になった、と言っていた夫だが、今日は一転して、また人のせいにする。

私は、また聞き捨てならなくなって、いろいろ説教したくなる。

こういう時、いつもがっかりする。

とにかく、自分にうまくいかないことがあると勝手に悪く解釈して、その人にぬれぎぬを着せ、人のせいにして怒り出す。

なんで、こんな人が私の相対なんだと思ってしまう。

 

頭にきて、いろいろ言ったが、なぜか夫は急に変わった。

なんなんだ、いったい…

 

今日の聞き捨てならない話は、ケアマネさんがリハビリの温さんに言ったというのだ。

あの状態では機械浴も難しい、というようなことだ。

確かに、通所で機械浴をやっている施設はそう多くないので、探さなければと言っていた。

難しいだろうとは思う。

でも、なぜ温さんはそんなことを夫に言って聞かせたかと言うと、そこを課題にして、そこを重点的にあと1か月リハビリをしようということだったと推測する。

 

なのに、夫はもう見捨てられたと思って、明日ここを退院させろとこの病院の偉い人に掛け合うから、というのである。

もう、いい加減にそんなどこにも通らない話はやめろと言いたくなる。

 

結局、風邪気味でとても調子悪く、寒がるのでいろいろ言うとおりにしてやり、熱まで測って大丈夫なことを確認すると、少しずつ変なことは言わなくなった。

 

正直、夫のこういう独りよがりな思い込みは、昔から私ですら手を焼くところである。

だから、放っておけないのだ。

どこに行ってしまうかわからない。

 

もし、こういうこだわりや思い込みがなければ、この人の人生は全く違うものになっていただろう。

こだわりというものがどれだけ人間の行く道を邪魔するものか、よくわかる。

 

そして、そんなこだわりは血統的なものであること。

義父母は二人ともこだわりの強い人たちだ。

もし、こういうこだわりがなければ、夫も、夫の弟もどれだけ秀でた人間になっていただろうか?

子供の個性を認め、柔軟に対応することができていたら。

食べさせることだけが子育てだと考えていたふしがある。

 

私は、できるだけ息子には同じようにこだわり性になってほしくない。

人間の性格の中で、これほど自由の邪魔なものはない。

 

私も、素直に人の意見に耳を貸す、そういうことが自分には必要だと思うようになった。

 

これからの人生は、人のために生きようと思うが、こだわりを持たず、人の意見に耳を傾けて一考する、そんな自分になりたいと思う。

 

 

12/5

今日は朝から家屋調査に来て、玄関と廊下の改修と、アコーディオンカーテンの設置、さらに、ケアマネさんとの打ち合わせで、たっぷり2時間かかったが、無事に終わった。

私は、主治医に在宅診療の先生の紹介を受けることをお願いすることが今後カンファレンスまでにやることだ。

 

さらに、週5日デイケアと思っていたが、夫の今日の様子を見て、まずそれは厳しいと思ったので、在宅の身体介助のヘルプを受けることで調整することになった。

 

夫は、帰る時に、親を呼んでくれと言い、呼んでくると、涙ながらに、せっかく生んでくれたのに先にこんな体になっちゃって、ごめん、自分が悪いんだ、でも、帰ってきてからも面倒かけるけど、お願いする、と話した。

 

義父はもらい泣きをしたが、心を打たれたようだった。

まあ、よかったのかもしれない。

 

1時から、約束があったので、耳鼻科に急いで行った。

声枯れが続いているので、悪い病気だといけないので、見てこようと思った。

幸い、そのようなことはなく、ただ、鼻水が多いので、痰を切る薬と、抗生物質を処方してもらった。

 

それから軽く食べて、自転車で約束場所へ。

そこで話し込んで、4時半にそのまま病院へ行った。

 

夫はお風呂もあったので疲れたかと思ったが、意外に元気だった。

おそらく、親に言いたかったことを言えて、すっきりしたのかもしれない。

これから、退院に向けてかなりいろいろとやらなければならないが、頑張らなければ。

 

息子は、友達とアルバイトの面接の予約をし、明日はイベントスタッフの登録説明会に行くらしい。

 

とにかく、これから忙しくなる。